医療・福祉の町ベーテル(Bethel)とは?

ドイツの北西にビーレフェルト(Bielefeld)という都市があります。

特に有名な観光スポットがあるわけではないですが、大学生の頃、筆者がどうしても行ってみたかった場所です。

その理由は、ビーレフェルトにヨーロッパでも最大級の規模をもつ医療・社会福祉コミュニティが存在するからです。

この記事では、町全体で医療・社会福祉に取り組んでいるベーテルについて紹介します。
また、最後の章では筆者のベーテルでの経験をお伝えしたいと思います。

ベーテル(Bethel)とは?

ベーテルの正式名称は、フォン・ボーデルシュヴィング財団ベーテルです。
(v. Bodelschwinghsche Stiftungen Bethel)
キリスト教系の財団で、ありとあらゆる医療・社会福祉施設を抱えています。

医療・福祉の町といってもピンと来ない人もいると思いますが、他の地域よりも病院や社会福祉施設が多くある、それ以外はなんの変りもない1つの町をイメージしてもらえるといいと思います。

公式HP(ドイツ語)
https://www.bethel.de/startseite.html

公式HP(英語)
https://www.bethel.eu/home.html

ベーテル(Bethel)の言葉の意味

ベーテルは、キリスト教(プロテスタント)の理念のもとに運営されています。

ベーテル(Bethel)とは、ヘブライ語で「神の家„Haus Gottes“」という意味です。
旧約聖書において、神様は「ベーテルにのぼって、そこに住み着きなさい」と言ったといいます。

ベーテルには、教会があり、神学校もあります。
最近では少ないですが、私たちのイメージ通りの服を着たシスターとも時々すれちがいます。
また、現在のベーテルの長も牧師です。

規模の大きさ

ベーテル最大の特徴は、その規模の大きさにあると思います。

年間でベーテルのなんらかのサービスを利用する人々は約23万人
約2万人の人々が働いています。

また、とにかく敷地が広い。だいたいこんな感じ。


© OpenStreetMap contributors

緑の部分はトイトブルクの森の入り口で、自然豊かです。
実際に人が生活しているのは全体の半分くらいの敷地でしょうか。
※ベーテルの範囲のしるしはだいたいこの辺、という程度のものです。
ご了承下さい。

日本で、「大規模の福祉施設」と聞くと、ひと昔前のコロニーを思い浮かべる人もいるかも知れません。

▼コロニーとは?
植民地・同類(もしくは類似)集団の居住地の意味をもつ言葉。
ここでは、障害を持つ人々が生活する大型総合施設を指す。
しかし、ベーテルは
●入口がない
(知っている人ではない限り、自分がいつベーテルの敷地内に入ったのかもわからない)
●市街から車やバス、トラムで10分ほど
●教会、病院、保育園、高等学校、大学、市民プールなどの公共施設がある
●ホテル、レストラン、大型スーパー、パン屋、本屋などの商業施設がある
●障害・福祉的ニーズの有無に関係なく、さまざまな人が住んでいる
つまり、「他の地域よりも病院や社会福祉施設が集まってるなぁ。それ以外はそこら辺にあるただの町だな」といった感じです。

医療・社会福祉施設

利用する人がベーテルの外から通ってくるような通所施設から、入所施設、グループホーム、就労支援の場、相談所…

とにかくなんでもあります。

●高齢者のための各種施設
●障害を持った人々のための各種施設
●病院・ホスピス・リハビリ施設
●若者支援のための施設
●学校・教育施設
●社会的困難を抱えた人々のための施設
(ホームレス、依存症など)

また、スヌーズレン、動物セラピーや音楽セラピー、ワークショップなどを提供している場所もあります。

▼スヌーズレンとは?
オランダの重度知的障害者施設で始まった。
人の五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)などを適度に刺激するように整えられた多重感覚環境での活動または理念のこと。
スヌーズレン・画像で検索してみるとイメージがつかみやすいと思います。※リンクはGoogleの画像検索に飛びます)

さらに、(利益を上げることができる)会社もあります。
例えば、
●楽器の修理工場
●テーブル職人の工房
●花屋さん・ガーデニング屋さん
●おもちゃ工房
などです。

このような働く場は、障害を持った人や社会的困難を抱えた人の実習先や就職先となることもあります。

歴史

2017年、ベーテルは設立150周年を迎えました。

フォン・ボーデルシュヴィング財団ベーテルは、1867年にボーデルシュヴィング牧師がてんかん患者と共同生活を始めたことからスタートしました。

ベーテルの歴史でも特に有名なのは、第二次世界大戦下において、ヒトラーがユダヤ系の障害者を殺害(ナチス政権下のいわゆる「安楽死プログラム」)しようとしていた際に、それに抵抗し、闘ったという話だと思います。

ベーテルのキリスト教に基づいた理念や歴史についてよくわかるのが、ドイツ文学者である橋本孝先生の『奇跡の医療・福祉の町ベーテル―心の豊かさを求めて』という本です。
特に、ベーテルの歴史についてとてもわかりやすく書かれています。
安楽死政策とベーテルの闘いについても、詳しく紹介されています。

ぜひ、参考にしてみて下さい。

日本でもときどき話題になるベーテル

ドイツでは、医療・社会福祉に携わる人であれば一度は聞いたことがあるくらい規模の大きな総合施設のベーテルですが、実は日本でもときどき話題にあがっています

特に1960年代、(主に重度の)障害を持った人々が生活するコロニー型入居施設を建設しようといった流れの中で注目されていました。
国立コロニー設立の際、国から派遣された海外視察団もベーテルに訪問しており、視察した人からベーテルはとても高く評価されていたようです。
また、当時NHKもベーテルを”理想郷”として取材をしています。

さらに、最近では2017年にベーテルが150周年を迎えた際、日本でベーテルの記念写真展が開催されました。
その際、(当時の)皇后さまが訪れたことは一部のニュースでも取り上げられていました。
(当時の)皇后さまは、1993年に実際にビーレフェルトのベーテルにも訪れています。

そんな縁もあり、ベーテルには小さいけど素敵な日本庭園もあります。

私にとってのベーテル

筆者は、現在ドイツの保育園で保育士(Erzieherin)として働きながら、大学でソーシャルワークの勉強をしています。

「なんでドイツなの?」という質問は、いままでに何回も受けました。
最後に、私がドイツに来たきっかけについて記したいと思います。

日本での障害者施設での実習

筆者が「ベーテルを見たい」と思ったのは、上記したような日本のコロニー型総合障害者施設がきっかけでした。
学部課程で社会福祉を学び、社会福祉士の国家資格取得を目指していた私は、コロニーと呼ばれる総合施設で実習をしました。
「もともとコロニーは、重度知的障害を持った子の親たちが、親亡き後を心配し、親たちの訴えから設立された施設」とそこでは教わりましたが、それにしても山の中にひっそりとあるその施設の姿を見て、とてもショックを受けたことを覚えています。
ストレートに言ってしまうと、これでは「隔離」ではないかと思いました。
その敷地の中で生活がほぼ完結するように作られており、知的障害を持った人々がそこで暮らし、隣の建物で仕事をし、ほとんどの余暇をそのまた隣の余暇施設で過ごす、といった具合です。
そういった施設を求めた人々がおり、もしくは求めざるを得なかった環境があり、それを国も社会も受け入れていた時代があったということです。
※現在では、その施設でも、(おそらくどこの総合福祉施設でも)時代の変化とともに地域に移行していこうという取り組みがされています。
※ただ、コロニー建設当時と比べて日本全体で障害を持つ人々を取り巻く環境が劇的に改善されたとは言い難く、地域や社会が持つ価値観、制度や実際のサービスシステムなど多くの課題があると考えます。
そんな中、たまたまご縁があり、ドイツの総合福祉施設ベーテルについて話を聞く機会がありました。
●山の中にある
●大きな施設の門をくぐったところから施設の敷地内
●関係者しか敷地内にいない
といった日本の総合福祉施設の姿にもやもやしていた私は、ドイツに
●中心街からとても近い
●出入口があるわけではない
●障害がある人もない人(施設職員に限らず)も、当たり前に自由に行き来し、生活している
場所があると聞いて、単純に「ドイツに行ってベーテルを見てみたい」と思ったのです。

ベーテルでの暮らし

学部課程を卒業後、私はさきほど紹介した本の著者である橋本孝先生のご支援も得て、ベーテルで1年間の有償ボランティアを行えることになりました。

配属されたのは、障害の有無を問わず、主に若者が職業生活の訓練をする場(日本でいうところの就労移行支援の場に近い)と重度の心身障害を持った子どもが生活するグループホームでした。

ボランティアとして働いている間、私もベーテルの敷地内にある大学寮に部屋を借りて暮らしていました。

そのため、近所のスーパーに行こうと部屋を出ると、車いすの人々とよくすれ違います。
近所でイベントがあれば、自分が支援している人や同僚とばったり会います。
最寄り駅でトラムを待っていれば、知らない人から突然
「今日はてんかん発作がまだ2回しかないのよ」
と話しかけられます。
最初は知らない人に話しかけられて、しかもてんかん発作についてなんて
「大変ですね」
と答えるのが精一杯だった私が、そのうち
「まだ2回しかないんだ。今日は良い日になりそうだね」
と返事をすることができるようになっていました。
それがベーテルの日常でした。

ベーテルのロゴとボーデルシュヴィング牧師が描かれたトラム

ベーテルは“普通の町”ではない

ベーテルには、集中的に医療・社会福祉施設が集まっており、そこに暮らす人々は他の地域と比べたとき、何らかの福祉的サービスを必要とする人の割合が多いのも事実です。
その姿は、ノーマライゼーション、もしくはインクルージョンとは言えません。

▼ノーマライゼーションとは?
すべての人々が等しく生きる社会・福祉環境の整備、またその実現を目指す考え方のこと。
(参考:コトバンク-ノーマライゼーション

 

▼インクルージョンとは?
誰も排除されていない、すべての人が包み込まれている社会を目指す考え方のこと。

そのためベーテルでも、ベーテルで暮らしていた人々の他の地域への移行支援が進んでいます。

街で見つけたベーテルのポスター

ベーテルは、理想郷ではありません。

ベーテルにある教会は山の上にあり、そこが昔は中心地だったことを考えると、ベーテルが始まった当初はやはり人里離れていたのかも知れません。
多くの障害を持った人々が住んでいるにも関わらず、坂が多い地形でバリアフリーではありません。
狭いコミュニティで、町というよりはムラ社会のような息苦しさを感じる人もいるでしょう。
大きな組織特有のデメリットもあると思います。

ただ、実際にベーテルで生活してみて思うのは、ベーテルのような選択肢があってもいいのではないか、ということです。

ベーテルのてんかん病院に通い、ベーテルにある特別支援学校を卒業し、職業生活訓練を受けていた20歳の女性は、ベーテルでの生活をとても楽しんでいました。
一歩外に出れば、学校の同級生や昔馴染みがいます。
知り合いの支援者がいます。
小さい頃からベーテルに関わっているので、彼女はとても顔が広く、ベーテルのこともよく知っています。
当時、ドイツ語がほとんど話せなかった私の面倒をよく見てくれました。
彼女は、他の地域からベーテルに通って来ていましたが、「病院も近いし、リハビリもセラピーもここでやっているし、この辺には医療・福祉従事者や障害について知っている人だらけで安心。ベーテルで自分と同じ障害を持っている人たちとのシェアハウスに住みたいと今は思っているけど、やっぱりどうしようかなぁ」とよく話していました。
ベーテルに住みたいなら住めるように、違う地域で生活したいならそれができるように支援できればいいなと思います。

理想のスーパーマーケット

ベーテルの敷地のほぼ境界線に、大型のスーパーがあります。
そこでは、ぱっと見渡した限りでは福祉施設が近いスーパー、という感じはしません。
大きいスーパーなので、市内中から買い物客が集まる、“普通”のスーパーマーケットです。

ある日、私が買い物をしていると、突然一人のお客さんが倒れました。
てんかん発作でした。

店員さんが数名さっと駆け寄って来て、すぐに商品の棚をよけます。
その場が騒然となることもなく、もちろんギャラリーができるようなこともなく、助けに加わる人以外は、いつも通り買い物を続けます。

これが、この地域の日常です。
障害がある人もない人も一緒に生活しています。

こういった環境が、“ベーテルの近く”だけではなく、すべての地域と国に広がっていけばいいなと思います。

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