”偏見を意識した教育” ドイツのVorurteillsbewusste Bildung und Erziehung 

近年、ドイツの保育・教育界では「偏見を意識した教育」(Vorurteilsbewusste Bildung und Erziehung)の重要性が高まっています。

「偏見」の対象は、

●人種や文化、国籍
●障害
●社会階層や格差
●職業
●性

などいろいろあります。
マイノリティーがその対象になることがよくあります。

この記事では、筆者がドイツで学んだ「偏見を意識した教育」(Vorurteilsbewusste Bildung und Erziehung)について紹介します。

偏見を意識するということ

まず、ドイツ語辞典で「偏見」について確認してみました。

▼偏見・先入観(Vorurteil)
客観的な事実を確認することなく、性急に理解された、もしくは引き継がれた意見のこと。
多くの場合、対象に悪意や敵意を抱いた感情が伴う。
(DUDEN参考)

ちなみに、偏見や先入観がテーマになる際、テレオタイプ」についても触れられることが多いと思います。

▼ステレオタイプ(Stereotyp)
単純化、一般化した意見や判断。
自分や他人、物に対する先入観。
固定されたイメージ。
(DUDEN参考)

辞書で確認してもどちらも似たようなことが書かれています。
しかし多くの場合、ステレオタイプと比べて偏見はよりネガティブな意味で使われます。

なんとなく、私たちは「偏見を持つことは悪いこと」と思っています。
「私は偏見なんて持っていない」と思っている人もいるかもしれません。
確かに、偏見は差別することにつながるため、偏見を持たないことは重要だと思います。

しかし、私たちは毎日さまざまな影響を受けて生活しています。

影響を受けることで、無意識に自分の中のステレオタイプや偏見を育てていることがよくあります。
例えば、「〇〇らしさ」という型が自分の中にできあがっていても、それが当たり前だと思っているとその型に当てはめて人を見るようになっていることに気づくのは簡単ではありません。

偏見のしくみ

私たちは、社会的な環境、個人の経験、メディアの発信など、それぞれがいろいろなところで情報を意識的・無意識的に手にして生活しています。

ある研究者たちは、私たち人間は、相手の特徴や目印を認識し、それをもとにグループに分けているといいます。
「あの人は信頼できそうだ」とか「あの人が犯罪者だったとしても驚かない」とか、時にはそんなことまで(無意識に)判断します。

情報や経験からのパターンを持っておくことは、役に立つことも多いでしょう。

さらに、このパターンを持つということは、自分を守ろうとする機能でもあります。

私の経験を例に挙げると、大学教員として働く保護者の初回面接で
「高学歴でこういう話し方をする保護者は、経験年数が少ない保育士に不安を感じている場合が多いから、発達面談は同僚に任せたいな」
「もし、どうしても私がやらなくてはならないのであれば、前もって細かいところまで準備をしておこう」と勝手に思ったことがあります。

私も、不確かな情報や自分のいままでの経験から、とっさに「嫌な思いをする前に避けてしまおう」「避けられないのであれば、しっかり準備をしよう」と判断したことになります。

この保護者とのやり取りの場合、実際に私が予想した通り、「慣らし保育は(あなたはではなく)ベテランの保育士に担当して欲しい」という要望が出ました。
私はそうなることを予想していたため、心の準備ができており、慌てることなく対応できましたが、この経験から私の中の「高学歴保護者は経験が浅い保育士を信頼しない」という偏見を強めることになりました。

問題なのは、私たちの脳は、できるだけ考えずに済ませようとするため、例えば「女・男」「痩せている人・太っている人」「黒い髪・ブロンドの髪」といったようにより簡単に見た目で人を分類したがることです。

できるだけ簡単に判断できるようにしようとすると、その人が持つ個人的な情報はどんどんそぎ落とされていきます。
これに評価や(ほとんどの場合ネガティブな)感情が伴うと、それは偏見となります。
偏見に言動が伴えば、それは差別へと繋がっていきます。

偏見をゼロにはできない?

情報の分類を脳が勝手に行っているとしたら、それは偏見を100%失くすことは難しいということにもなります。

そのため、大事なのが「偏見を意識すること」です。

「恋人は異性である」
「日本人は本音を言わない」
「保育士はかわいいものが好き」
などといったステレオタイプを意識することです。

自分がいつ、偏見やステレオタイプに基づいて評価し、相手を排除(しようと)するのか、何を受け入れることができて、何はできないのか。
保育者または教育者として、いつ子どもやその家族に共感や理解を示すことが難しいと感じるのか知ることが大切です。
そして、偏見をまったく持たずに生活することは不可能であると意識することが、この偏見を意識した教育の大前提となります。

子どもの持つ偏見

もちろん子どもも、環境や経験から影響を受けて偏見を育てていきます。

子どもは、信頼している人やいつも遊んでくれる人、おいしいものをくれる人など、いままでに良い経験を得た人の特徴を優先的に好む傾向があります。
私も、慣らし保育の段階で子どもの年齢が低い場合、なんとなく髪の色が同じ家族の子どもに好かれるような気もします。

もし、まったく知らない特徴を持った人に初めて出会う場合、子どもは怖いと感じることもあります。また、意見や態度を子どもを取り巻く環境に従って決めます。
つまり、絵本やテレビ番組などのメディア、街中で耳にする発言、そしてもちろん家庭や保育園での表現です。

意識しなくてはならないのは、「話されていない・存在していない」ことも偏見に繋がるということです。
例えば、保育園内で絵本やおもちゃの中にいつも同じ肌の色しか登場しなければ、それ以外は「関心がない、重要ではない」と捉えているということに繋がります。

そのような態度を、子どもは引き継ぐことになります。

偏見を意識した教育とは?

偏見を意識した教育が目指しているのは、以下の通りです。

●子どもがアイデンティティを強めることができるように支援する

●子どもが多様性を意識した経験を得ることを可能にする

●子どもが偏見や差別について考えるきっかけを与える

●子どもが差別に対して能動的に力を尽くせるよう勇気づける

この偏見を意識した教育の特徴は、保育園の中だけで偏見や差別がないように気を付けるのではなく、社会のなかで生きている子どもたちが、保育園の外でも能動的・積極的に差別と立ち向かえるように教育・支援することを掲げている点だと思います。

アイデンティティを強める

子どもや家族が保育施設内で「自分を結びづけるきっかけ」を見つけられるように配慮します。

そのためには、子どもや族とのコミュニケーションがとても重要です。
それぞれの子どもやその家族がどのような価値観や文化の中で生活しているか教えてもらいます

多様性を意識した経験

社会や保育園に存在する年齢、文化、容姿、意見、行動などの多様性を子どもたちと繰り返しテーマにしていきます。
重要なのは、違いについて取り上げる際、保育者が「良い・悪い」などの評価をしないことです。

偏見や差別について考えるきっかけ

偏見や差別をテーマとして取り上げ、子どもたちとディスカッションできるようにします。
子どもたちが「不公平」や「真実ではないこと」に気づけるよう、またそれを表現できるような支援を行います。

差別に対して能動的に力を尽くせるような勇気づけ

子どもたちは、どのように不公平に対して向き合うか、その方法を知る、または見つける機会を得る必要があります。
また、どのような行動が報われるのかも考えます。

そのためには、関係者すべてが保育施設内・外で積極的に誤解や偏見に立ち向かわなくてはなりません。
そして、子どもの差別に対するアクションを支援します。

具体例

例として、文化や人種、国籍に対する偏見を意識した教育のアイディアをいくつか挙げてみます。

掲示物・配布物

●「ようこそ!」や「こんにちは!」など園に通うすべての家族の言語が目に触れるようにする

●世界地図
ただし、固定化されたイメージのイラストが描かれているようなものは避ける

●”今月の質問”コーナーの設置
「クリスマスは何をして過ごしますか?」「伝統的な遊びを教えて下さい」など、他文化に触れ、自文化を目にすることができる質問を子どもや家族にする

行事

●それぞれの故郷の料理を紹介するクッキングイベント

●多文化のお祝いについて話を聞き、実際にやってみる

●保護者を招き、さまざまな言語で行う絵本の読み聞かせ会

おもちゃ・絵本

●人形の肌の色に配慮する

●絵本の登場人物や家族構成に配慮する
例えば、典型的な「お母さん、お父さん、子ども、ペット」以外の絵本も用意する

話し合う

●子どもが自文化について語り、他文化について聞く機会を持つ

●嫌な思いをした経験について話し合う

●偏見や差別を積極的にテーマに取り上げ、「違う人がいる」のではなく「みんな違う」ことに注目する
例えば、保育者と子どもを鏡で見比べ、「肌の色はまったく同じ?」「目の大きさは?」「耳は?」など一緒に違いを確認し、話し合う

まとめ

この記事では、筆者がドイツで手に入れた資料や保育者向けの本、さらにドイツ保育園勤務の経験をもとに、「偏見を意識した教育」(Vorurteilsbewusste Bildung und Erziehung)について紹介しました。

保育園内の環境を整えることはもちろん保育者の重要な役割ですが、私たちは子どもを保護するだけではなく、これから生きていく力をつけることができるように支える必要があります。

そのためにも、残念ながら社会のいたるところに存在する偏見や差別に対して、子どもが立ち向かえるように私たちは思考を巡らせる必要があります。

私も、保育士として自分の持つ偏見、偏見の背景にあるもの、さらに私たちの生活する社会についてよりアクティブに考えていきたいと思いました。

参考
Christiane Hofbauer 2018『Sprachen und Kulturen im Kita-Alltag』HERDER
Mercedes Pascual Iglesias 2019『Vom Weggehen zum Ankommen Geflüchtete Kinder in der Kita und der OGS』AWO

※ドイツ語資料は、筆者によって筆者の解釈を交え訳されています。

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